健康情報一覧
アーカイブス・甲田光雄講演抄録 1988~1994 No152012.10.13
< これらの内容中 社会的、医学的情報などは当時のものであることをお断りしておきます >
冷え症対策は非合理で 1996.1,28 甲田医院
冷え症と俗に言われますが、これは正式の病名ではなく単に身体の局所が他の部位に比べて強く冷たく感じる現象を指す俗称です。例えば手や足の先といった末梢の血液循環に支障が起きると異常な冷えを感じることとなり老人や女性に多いと言われますが、結構青年期の方々が訴えられることも多く、一般的に見られる症状です。身体の各部で皮膚温度を測定してみましたら、多少の差異はあるようで、やはり手や足、耳たぶ、鼻の先などは少々低めでして、これら末梢部が冬にしもやけを起し易いということが解ります。女性では腰、でん部、太ももや膝などが骨盤内で血行と関わって冷え易いようです。ではその原因となりますと、ホルモンや自律神経の不全から毛細血管の伸縮運動不全を生じた結果だということくらいが常識的に考えられる程度でして、それ以上あまり専門的な研究対象となっていないのが実情です。即ち毛細血管が収縮して血行が悪いのなら、温めたら解決する問題だという考え方ですね。
一方、東洋医学界では古来「冷え症の人は身体を冷やす食べ物、即ち生野菜や果物などは避け、温野菜にして食べよ」と注意を促しております。即ち冷え症のような陰性な身体には、生野菜のような陰性食品より陽性にした温野菜の方がバランスが良いという訳でして、これで陰性食を寒い冬の季節にでも行いますと、中には身体が極度に冷えて震え上がる体験をされる患者さんがいられるものです。ですからやはり生野菜は身体を冷やすというのが真理であろうと想像はできます。しかしながら、こうした陰陽調和ばかりを考えていれば一時的な冷え症対策にはなるものの、身体自体ははラクできるために体質そのものが一向に変わってはいきません。つまり、冷え症の身体が冬でも靴下を履かず薄着で暮せるように変わろうとすれば、陰陽葛藤の食事法が必要となってきます。即ち陰性の身体には陰性食(生菜食など)を摂り、陰性に傾いて困った身体が遂に進退極まって陽性に転換しようとする反発力を引き出してやるのです。こうしてこそ、真の体質改善が可能になるという道筋が真の全貌です。現に生菜食を長期間実行していきますと当初は冷えを感じていたものの、遂には人一倍寒さに強くなったという方が少なくありません。これをみても判りましょうが、生野菜は身体を冷やすというのは真理の一面ですけれど、そこから先を含めた全体像ではなかったのです。
この過程をもう少し説明いたしますと、長期間の生菜食法の間にやはり宿便の排除があった訳です。この宿便が腸管内に滞っていますと、その分解過程で有毒刺激物やガスが生産されます。もしそれらが腸壁を通って吸収されると脳中枢神経が刺激され自律神経の失調とか血管運動神経の麻痺を招き、その結果末梢血液循環の調節がうまく出来なくなり、冷え症にもなればしもやけにもなり、酷い時には凍傷にもなってくるのです。従いまして、宿便の解消が冷え症改善の大きな鍵を握っていると判ります。次に注目すべき抹消血管及びグローミュー自体が長期生菜食実行及び温冷浴や裸療法により健全な機能を回復してきた結果、血流量が必要に応じて確保できるようになったという点でしょう。療法開始以前には、例えば甘いものや果物、アルコールの悪習慣でグローミューが破損して、美食で毛細血管の老化が起きていますと、当然寒冷刺激で末梢血流は悪くなり皮膚温は下がります。加えて、暖房設備の普及や防寒機能性が高い衣類などで、皮膚の寒冷に対する順応機能は増々低下しております。考えてみて下さい、寒中に冷たい水に手をさらす豆腐屋さんとか友禅染の水洗い職人さんの足などは、常に鍛錬している結果、凍傷も霜焼けも起さないのです。こうした手足は冷水中にあって最初は毛細管の収縮で血流が減り冷たくなるものの、やがてグローミューが開いて血流が回復するため、今度は皮膚温が上昇してくる訳です。
そもそも冷え症の方々はグローミューがやられている体とみて間違いがないのですから、やたら防寒具とかカイロに頼るのではなく、温冷浴や裸療法、毛管運動などでグローミューが健全になるよう鍛錬しないといけません。このような根本的原因にまで踏み込まず、身体が暖まるから肉を食べたらいいとか、トウガラシだとか一時的に調和を計ったとしても、マイナス面が現れることがあり、結局対症療法の域を出ません。
さてここで長期間生菜食を行うと末梢血行にどのような変化が起きるかという問題でサンスター㈱研究所の勝原淳先生の測定された結果を少しご紹介します。ひとつ目は糖尿病性網膜症で凝固術を受けた方の指先の血流量の変化についてです。別名「血管病」とも言われる糖尿病のこの方は血糖値400mgとのことで八年越しの病歴を持っておられたので当然、末梢血流が悪くなっておられるだろうと予測できました。全身に分布する末梢血流は10本の指先の皮膚血流量を計ることで実態を掴めますのでここにレーザー光を当てて赤血球に反射して帰ってくる様子により血流量の具合が判るのです。さてこの方と同年齢で健康な女性でしたら、10指の平均指数は47.9なのですが、この患者さんは生菜食開始日ではたった7.1だったのです。これでは手足は冷えて冬ならコタツから離れられないのも無理ありませんな。しかし生菜食4ヵ月後の彼女を再度測りましたら48.3と出まして平均値をも上回っていたのです。ここまで血行が良くなれば冷え症ともお別れ、冬でも手袋無しでやっていけるでしょう。もうひとつの測定は血液中のコレステロール値を測り総コレステロール中にHDLコレステロールが占める比率を調べることにより末梢血管の動脈硬化の程度を見てみようというものです。つまりHDLコレステロールは善玉と称され、血管壁内腔組織に沈着したコレステロールを除去し肝臓へ運ぶ掃除屋の働きがあるので総コレステロール量の中で多くあれば、動脈硬化の進行を止め血管の若返りが望めるのです。ということは循環器成人病の予防は勿論ですが、冷え症の改善は当然でしょう。さて検査は生菜食を一年間行った方々について定期的に血液検査を実施したもので、生菜食開始時点で本人のHDLコレステロール率を100とした指数で表したものです。その結果【……詳しい数値は割愛】四名の方々に特に顕著な値が現れ、一年後には200~120にまで上昇しコレステロールバランスが良くなっております。他の十数名の方々でも概ね上昇基調を示していたのです。本人の感想も病気前よりも薄着で過ごせて、寒さに強くなったようだとの感想が寄せられ、結局末梢血行が改善されたことが示唆されます。
こうした結果から考えられるのは通常身体を冷やすとされる生野菜を持って体質改善が成れば、却って冷え症を解消できるということです。従いまして一見非合理と思われる方法が実は体質改善の妙手であって、合理的な方法では成功しないのです。そう考えますと「かわいい子には旅をさせろ」とか「かん難、汝を玉にす」という諺に真理が秘められているなぁと改めて再認識させられます。